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1983年の悲劇を考える

 

 

 

 

 

 

 

 


日本のゲーム業界は1985年以降、急速な発展を遂げました。

もちろんこれ以前からゲーム機は存在しており、一部の人々の娯楽として親しまれていました。

あくまでも日本では、家庭用ゲーム普及の原動力だったのは任天堂が投入したファミリーコンピューター。

そしてセガが投入していたメガドライブなどのゲーム機種によるハード戦争の勃発でしょう。

しかし遠い異国では、日本よりも前から家庭用ゲーム業界が栄えていたのです。

栄枯盛衰という言葉がありますが、

今回取り上げる悲劇はまさにその言葉が似合うものと言えるでしょう。






日本で耳にする言葉に『アタリショック』というものがあります。

これは米国で起こった悲劇『Video game crush of 1983』を指しています。

その詳細についてはウィキペディアなどで参照してもらったほうが良いでしょう。

今回のコラムではこの悲劇について迫っていこうと思います。







※諸注意※

このコラムは筆者(ハルジオン)が文献やサイトなどを巡って資料を整理し、

さらに情報として有用であるものを使って自分の考察を示す形式をとっています。

故に主観や、誤解釈に近い形もあるかもしれませんが、

読む際にはその点に気をつけながらお読みください。

もちろんこのコラムだけで『アタリショックを理解しようとする』のはやめてください。






日本で生まれた造語『アタリショック』は、簡単に解説すると

爆発的なヒットを記録し発展を遂げた家庭用ゲーム業界が、
様々な原因により事実上の崩壊に追い込まれた。


ということになります。

誤解して欲しくないのは、完全崩壊ではないという点です。

よくネット内でも『完全に崩壊した』という言葉を目にしますが、

研究しているサイト様や資料などを見ると、

『完全ではなく、崩壊に等しいダメージ』であることが分かります。






では、何故アメリカでこの悲劇が起こってしまったのか。

それは大きく分けて4つの原因があります。






【クソゲーが市場に氾濫し、消費者の購買意欲を削いだ】

よくネット内や文献などで目撃するのがこれです。

当時、ワーナーコミュニケーションの子会社として活躍したゲーム企業アタリ社は、

『ATARI VCS』

(※俗に言う『ATARI2600』である。このコラムでは2600と表記する。)

というモンスターマシンを投入しており、米国で1000万台以上を売り上げていました。

ゲーム機シェアにおいてもほぼ独占状態であり、

ロイヤリティを支払うことでゲームソフトの開発を許可するという、

現代で云うサードパーティー制を取り入れて規模を拡大していました。

順風満帆な好調とは裏腹に、見境なくサード契約を結んでいった結果、

市場には技術力を持たない企業が開発したクソゲーレベルのソフトが溢れ出します。

クソゲーレベルどころか、起動すらしないゴミレベルまで登場し、

情報誌や広告などが存在している状況とはいえ、

CMでは画面しか見ることができないため、良ゲーか駄ゲーかの判別は難しいと思いますし、

情報誌に関してはレビューなどがあったそうですがそれを持ってしても、

面白いか否かという点では判断に悩むものだったと考えます。

結果、ゴミを掴まされた消費者はゲームの面白さというものを見出せないまま、

消えていくことになったのでしょう。

パックマンの超劣化移植、世界的クソゲーとして名高いETは好例でしょう。

ただしこの消費者の購買意欲の低下は直接的な崩壊の原因とは言い切れないでしょう。

もっとも悲劇はこの程度で起こるとも思えませんし。








【ソフトの価格崩壊による負の連鎖と市場の混乱】

代表的な原因の1つが、ソフトの急激な値崩れによる市場経済の混乱です。

売れないと判断した企業、あるいは撤退を想定していた企業は、

開発したゲームを価格破壊同然の値段で投売り、最後っ屁を残しました。

消費者はワゴンセールさながらのソフトに関しては購入しようとは思いますが、

定価で販売されているソフトには目を向けなくなりました。

この定価ソフトがいくら名作級であっても・・・売れないという状態です。

著しく経済のパイが縮小された結果、もはや利益を求める状況ではなく、

大赤字を覚悟で売るしか本数を稼げなくなっていったのです。

データを調べると、1983年や1984年のソフト販売総数は非常に多いですが、

この時期に多くのサードが撤退、あるいは倒産しているため、

価格破壊の煽りが想定外のレベルだったと分かります。

要するに、ソフトは売れていたが利益は微々たる物、または赤字だったということなのです。

撤退する企業が相次いだのは、この価格破壊による損害が大きいと思います。

何せ、価格破壊ソフトに対抗するためには価格破壊をしなくてはならないのです。

負のスパイラルが発生した結果、サードはほぼ壊滅状態に追い込まれたのです。

また、ソフトが売れなくなったという解釈は間違いである ことを付記しておきます。








【競争相手であるコンピュータゲームの低価格化】

元々、家庭用ゲームが登場するまではコンピュータゲームが存在していました。

今でいうパソコンゲームのような存在で、そもそもパソコンは高価ですから、

マニアや相当コアなユーザーくらいしか所持していませんでした。

しかし一般家庭でもコンピュータより手軽に購入できるという利点があった家庭用ゲーム機は、

半導体や部品のコストが低下した影響で低価格化を実現させたコンピュータゲームに敗北します。

価格は家庭用ゲーム機に程近いレベルにまで下がり、

さらにパソコンの性能は家庭用ゲーム機を圧倒するほどであったため、

描写性、快適性、大容量によるゲーム性の高さなどでコンピュータゲームへのシフトチェンジが進みます。

消費者は家庭用ゲーム機ではなく、コンピュータゲームへ流れて行ったのです。

あるいは次世代機がなかったために、コンピュータを次世代機と見なした人もいたかもしれません。








【次世代機を使った長期戦略の失敗と時勢の読み違い】

先述したとおり、消費者がコンピュータゲームを次世代機と捉えた可能性は否定できません。

これは2600が活躍している時期に、

後継機種である5200を投入して失敗している

ことも原因の1つとして考えられます。

発売当初は高性能と謳われた2600も、年月を経て古ぼけた機械になります。

そんな中で、売上が芳しくない事だけを理由に5200を見限って、

普及している2600を使い続けた事が結果的に致命傷を負う原因になります。

日本の業界でよく見られるのが、ハードよりソフトの質という理論です。

アタリ社の発売した2600も当初はあまり好ましい売れ行きではなかったのですが、

日本を蹂躙し終えた傑作『スペースインベーダー』を移植した結果、

爆発的な人気を得てハード、ソフト共に好調となったわけです。

5200にはそういったキラータイトルが『不在だったまま』の状態が続いた。

パックマンを2600で劣化移植するならば、5200で移植したほうが正しかったのではないかと筆者は考えます。

もちろんコンピュータの低価格化に対抗できるかどうかは微妙でしょうけど、

次世代機を使った長期戦略を怠ったのは間違いないことです。

長期戦略を怠った結果、残されたレトロ機種である2600では、家庭用ゲーム市場を支えきれなくなったのです。

また、参考にさせていただいたサイト様によれば、

アタリ社は新機種を開発したそうですが、価格がコンピュータに対抗できるレベルではなく、

結局市場への投入は見送られてしまったという事のようです。

時勢を読めなかった。だからこそ負けた。歴史の世界ではよくあることです。









これまでのアタリショックは【ソフトのクソ化】、【それによる消費者離れ】だけが主体として語られていました。

現在もその風潮は変わらないですが、そもそも謎の多い悲劇ですのでそうなるのも分からなくはありません。

ですが、それだけが原因であると思うのは正しいことではないでしょう。

消費者は期待を込めてソフトを買います。現代でも文句を言いながら購入する人は多いはずです。

では消費者離れは何故起こったのか。そこを重視してより深く考え、調べなくてはならないのです。

また一説によると、

瞬間的に発展した煽りを受けて徐々に売れなくなった結果、凍り付いたような現象に映っただけである。

という論まであります。まぁどれも決して間違いではないと思いますけど、

筆者としては先述した4つの原因が組み合わさってアタリショックなるものが起こったと考えます。

事実上の崩壊ですが、その後に任天堂やセガの米国参入などで息を吹き返しています。

軍隊では3割の兵を失えば壊滅と定義するらしいですし、まぁ崩壊でも問題ないですよね。

(※この崩壊に目くじらを立てるのはちょっと違うと思うので、割り切ってください。)






ただ、念のために言っておきますが、

アタリ社のみの責任ではない事は分かってください。

アタリショックという言葉を耳にするとどうしてもアタリ社の責任に聞こえてしまうのですが、

そうではなく、ゴミゲーを生産したのはアタリ社だけでなくサードも同じですし、

様々な市場を取り巻く環境の変化により起こった事は覚えておいてください。

筆者としては、アタリ社よりもワーナーコミュニケーションが原因に近い存在と考えていますが、

まぁそれは割愛しましょう。同じ体勢で書いてるので腰が痛いです。






悲劇の幕開けはアタリ社、ワーナー社が時勢を読めなかった販売戦略の妄信です。

ソフトの質が低下し、粗製濫造が蔓延った事は事実ですが、それだけが真実ではないという見解があります。

ソフトは売れていたし、ハードも普及していた。

なのに何故市場は悲劇に襲われたのでしょう。

それを考察し、調べていくと興味深い事実が判るのです。それもまたテキストライターとしての楽しみだったり。






参考文献・サイト



ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF


東京のはじっこで愛を叫ぶ様
http://d.hatena.ne.jp/tenten99/20080830/1220105495


Runner's High!様
http://loderun.blog.so-net.ne.jp/2011-10-29


Classic 8-bit / 16-bit Topics様
http://d.hatena.ne.jp/hally/20040514


人生に疲れた男のblog様
http://d.hatena.ne.jp/BCC/20120220/p1


任天堂雑学blog様
http://ninten-blog.at.webry.info/200805/article_1.html


野安の電子遊戯工房(実験室)様
http://noyasu.seesaa.net/article/5582327.html


泳ぐやるおシアター様
http://oyoguyaruo.blog72.fc2.com/blog-entry-3150.html


NHKスペシャル『新・電子立国』4巻(日本放送出版協会)



 

次回のコラムもお楽しみに!

 

 

 

 

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