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クソゲーの定義(1)

 

 

 

 

 

 

 

 

クソゲーとは一体何者なのか。

これは多くのユーザーが常々思っていることだと僕は思ったりします。

世にクソゲーが栄えた例はありませんが、

毎年必ずこういう定義づけされるゲームは出てきています。

さて、クソゲーの定義とは何でしょうか。

クソゲーと呼ぶものは様々ありますが、それぞれで取り上げる物は違うはずです。

定義づけは個々人が勝手にやることが難しいものです。





面白くない

テンポが著しく悪い

操作性が悪い

ビジュアル面が悪い

バグやフリーズが発生する





などが、代表的な理由になるかと思います。

これらを完全に満たしたゲームは言うまでも無くクソゲーと呼ばれるでしょう。

しかしながら1つ1つを噛み砕いて見ると、

上記のような条件を1つ満たしているだけでクソゲーと呼べるのかは疑問です。

ゲームはお金を出して購入するものですから、

値段に見合う面白さが期待されます。

故に購入したゲームが面白くなければ批判は免れない。それは当然です。

しかし、面白くないと感じるその部分が、

『個人的に』なのか『客観的に』なのかで意味が大きく異なるわけですね。






大作であれ、面白くないと感じる人が出てくるのは当然といえば当然。

僕の好きなゲームを面白くないと判断する人だって当然いるのですからね。

しかしながら、

個人的に楽しめなかったゲームを勝手にクソゲーと定義するのは違うのではないでしょうか。

大多数の人間がクソゲーと決めたのであれば説得力がありますが、

メーカーが嫌い、シリーズが嫌いというだけの理由でクソゲー呼ばわりするのは間違いであると思うのです。

そりゃ僕だって嫌いなメーカーの1つや2つはありますし、

馴染めない作品だってあります。

なるべく僕がクソゲーと定義しているものは、客観的に見て自分も他人も楽しめないものにしています。

(※友人と談義したり、ネット仲間を通じて情報を得たり・・・とかそういうのをしています。)

なるべくね。たぶんだけど。

面白くない・操作性が悪い・快適性が著しく損なわれている

という3つの要素を満たしているゲームは僕の中ではクソゲーです。

まぁ多くの人は同じような観点に立っているとは思いますけども。






例えば『たけしの挑戦状』というゲームに関しては、

世間一般(僕含む)の評価はクソゲーです。

理由はレビューや別コンテンツで述べていますので割愛しますが、

不満点が評価点を大きく上回る場合はクソゲーと呼ぶことになります。

簡潔に言うと、自由度を追求したゲーム性とアイディアは評価点ですが、

操作性の悪さ、鬼畜難易度とノーヒントによって失われた快適性などは大幅な減点対象です。

ゲームの目的が全く理解できない場合もクソゲーと定義される事が多々ありますし。







クソゲーの定義は人それぞれではありますが、

軽々しくクソゲー認定するのは何か違うと思う、そういう事が言いたいわけです。

何が問題なのか、何がダメなのかを述べられない状態で

「このゲームはクソゲーだ!」と決め付けるのは、

ゲームを好む人間としては失格なのでは?

ジャンル、システム、ビジュアルなどに好みはありますが、

遊べる内容かどうかを判断する事が定義する上では何よりも重要なのです。

よく掲示板や動画サイトなどで見かけるパターンとしては、



「このゲームはクソ」

という何の説得力も無いただのボヤキ



「グラフィックが粗いからクソだろ」

というゲーム性を無視した見た目主義だけの意見



「面白くなかったんだからクソゲーだよ」

という主観論のみで判断する浅はかな珍発言など。




僕はこういう意見を見るたびに、何故ゲームの本質と向き合えない人がこんなに居るんだろうと悲しくなったりします。

比較するのは結構ですし、期待されていた作品がガッカリだった時の気持ちも分かります。

個人的には、シリーズ内での比較や企業の代表作との比較をする事は良いと考えていますが、

結論を出す際は、それに頼ることが良いものとは全く思っていません。

作品1つ1つには違う味があるし、違う世界観が盛り込まれているのです。

その1つ1つをしっかり見られるか否かで意見が異なるのは承知ですが、

しっかり見ていない意見に果たして何の意味があるというのでしょうね。

それは僕にも言える事ですけどね。






クソゲーの定義は難しい。

それはずっとゲームを触ってきた僕の数少ない未解決の課題と思います。

単純に面白くないだけでクソゲーと言うべきではない。

どうしても言いたいなら自分の中だけで定義することに留めておくべき。

個人的な感情論を一般論にしようとする行為は許されるべきではない。


と、僕は考えているのです。







よって結論として述べます。

僕のレビューを当てにするのはやめとけ!

何か色々と本末転倒な気もしますけど、

要するに材料1つで判断するなってことですよ。

大手レビューサイトには多くのユーザーの意見を集約してるものもあります。

正確な情報を得るために、そのゲームがどういうゲームなのか判断するために、

多くの意見に耳を傾けるべきだ・・・そういうことですよん。

 

 

 

 

次回のコラムもお楽しみに!

 

 

 

 

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